大川家具って?
大川家具って?
こんにちは、オオカワセレクトです。
私たちオオカワセレクトでは日本一の家具産地大川を中心にした国産家具にこだわって取り扱っておりますが、その大川(周辺地域を含む)で生まれた大川家具とはいったいどのようなものなのかについてお話したいと思います。
皆さんは大川家具という言葉を聞いて何を思い浮かべられますか?埼玉県にある大川家具さんでしょうか? 店舗の名前でも大川家具という名称はいくつか使われていますが、私たちがお客様に提案する大川家具とは、大川市および周辺地域で、メーカー、デザイナー、職人が使うお客様のことを考えて一つひとつ丁寧に作り上げた国産家具のことです。
つまり、皆さんは一度は聞いたことがあるかもしれない飛騨家具や旭川家具と同じで産地の名前を冠した家具ということになります。
産地の規模は日本一の家具の街大川。しかし、飛騨や旭川に比べると、全国的に知られているとは言えない状態です。
そんな大川家具の魅力を少しでも知っていただきたく今日は家具産地大川と大川家具についてご紹介します。
大川家具が知られてない理由
飛騨や旭川と言えば、場所とともに家具が思い浮かぶ人は多いのではないかと思います。飛騨や旭川は家具以外にも観光などで街自体の知名度が高い一方大川はどうでしょうか? 同じ九州内でも名前は聞いたことがあってもどこにあるか良く分からない。と言われることが多いです。
大川のある福岡県内でも福岡市内や北九州の人であれば大川には行ったこともないという人は珍しくはないのではないでしょうか?
大川のある場所は福岡県内の南西部にあり、同じ県内の都市部である福岡市内などに行くよりも隣県の佐賀の県庁所在地佐賀市に行く方が近く、観光名所も他の産地に比べると少ないことが一つの要因なのではないでしょうか?
しかし、その分大川には木工の街として、他の産地よりも圧倒的な木工業者が集う、日本最大級の木工の街である理由がたくさんあります。そのため、たくさんのメーカーがそれぞれの強みを活かした幅の広い家具を生み出しています。
大川家具の産地大川市ってどんなところ?
では大川が日本最大の木工の街になった秘密はどんなところにあるのでしょうか?大川の紹介とともにその秘密を紐解いてみましょう。
大川市は佐賀県との県境 福岡県の南西部に位置しています。人口は3万7000人ちょっとの小さな町です。かつては鉄道も走っていましたが現在はJRと西鉄、ともに駅はありません。しかし、うなぎや川下りで有名な水の街、柳川市は実は隣町です。柳川観光のついでにも立ち寄れるくらいの距離感にあります。
有明海へとつながる筑後川が流れそこにかかる真っ赤な筑後川昇開橋が国の指定重要文化財となっています。この筑後川昇開橋を通る鉄道がかつて走っており、木材輸送の手段として活躍していました。そんな大川市は筑後川下流という地域特性を活かして、江戸時代天領として栄えた筑後川上流に位置する大分県の日田から木材が筑後川を通じて運ばれて、木材の集積地として栄えました。木材が集まるところには人も集まり大川では木工が発展してきたのです。
川からの輸送が鉄道に変わり、鉄道がなくなってトラック輸送に切り替わった今でも、大川には多数の木工業者が集い、それに合わせてレベルの高い職人も多数集まっています。それが大川家具の幅の広さを実現した理由です。
大川家具のなりたち
大川家具の始まりは今から約500年ほど昔の室町時代後期に、12代将軍足利義晴の家臣、榎津遠江守の弟であった榎津久米之介という人物が現在の福岡県大川市があった筑後国にやってきたところから始まります。当時の大川は木材の集積地として多数の船が往来する地であったため、多数の船大工がいました。その技術を家臣たちに学ばせ指物と呼ばれる家具づくりを始めました。その後家臣たちは指物により工商をなし、大川の家具づくりの土台を作りました。
指物とは木材同士を釘などを使わずに接合し作られた家具のことです。これが大川家具の原型となる榎津指物の起こりと言われています。
その後江戸時代には、田ノ上嘉作という人が久留米の細工職人に弟子入りして、指物技術を学んで帰郷し、指物づくりを行いました。その後その技術を次世代に受け継いでいき榎津指物は更なる発展を遂げます。
その後明治になり榎津箪笥と呼ばれる金具がついた大川独特のデザインの箪笥が生まれます。これには家具の職人だけではなく、製材、金具の製造、塗装技術を高いレベルで持った職人たちが共同で作り上げる必要があり、大川という土地が「木材の集積地」として栄えた土地柄だったことが家具産業の発展の礎となったのです。
大川の原型である大川町の誕生と組合の創設や、鉄道の普及により、輸送力が向上し販路が拡大されます。また機械化も進み生産力が向上しました。戦争の影響で一時家具産業は陰りが差しましたが、戦後、復興の需要増などにより急速な発展を遂げます。その中で工業デザイナーである河内諒氏がデザインした和ダンスである引き手なしタンスが「西日本物産展」で最優秀賞を受賞し、東京を始めとした全国との取引が発展します。この後、婚礼家具などを中心とした箱物家具と呼ばれる収納家具の製造で家具づくりの一大産地の大川の家具づくりはこのように発展してきました。
大川家具の特徴
大川の家具は箱物と呼ばれる収納家具が中心です。釘などを使わずに木材同士を接合し作られる指物に始まった箱物の技術は500年の時を経て、大川で働く多くの職人たちに継承され、品質はしっかりしていることはもちろんのこと価格も種類も幅広く作られています。また箱物だけではなく近隣の日田ではソファの製造も盛んですし、脚物と呼ばれるテーブルやチェア類を製造するメーカーもいます。そうしたメーカーが共同して作ることで生まれた家具も多数存在します。
私たちはそんな幅の広さを持って、長く使っていただける大川家具の中でも、メーカーやデザイナー、職人が「使う人を想い、品質と価格のバランスを考え、構造や素材にこだわり抜いた」、メーカーオリジナル商品にこだわってお客様へ提案いたします。
国産家具は、低価格のアジア製の輸入家具の影響を大きく受けています。しかし、基本的に国内工場で組み立てまでを行った完成品は、組み立て後のプレスなどもしっかりと行い、輸入品では決して出せない強度や品質を持っています。
まとめ
木工業の中の一つの家具産業。私たちは家具産地大川で働く者として、多くの方に大川家具の魅力を伝えたい、大川家具の良さを知っていただきたい。そして、国産家具の一大産地である大川という街やそこに存在するメーカーを日本中、そして世界へ知ってもらいたい。その想いでオオカワセレクトを運営してまいります。
今後とも是非大川家具とともにオオカワスタイルをよろしくお願いします。



